この帯も、あの帯も。
博多織求評会で内閣総理大臣賞を受賞した帯も。
一見すると、それぞれ違った色や柄を持つ博多織ですが、すべてに共通する「始まり」があります。
それが、意匠(いしょう)です。
完成した帯を見れば、まず目に入るのは柄や色、光沢、織りの表情。
しかし、その一枚が織機にかかるまでには、実はたくさんの設計があります。
「どんな柄にするのか」だけではありません。
どのような組織で織るのか。 経糸と緯糸をどう組み合わせるのか。 どの色を使うのか。 織り上がったときに、どのような表情に見せるのか。
こうしたことまで考えて、一枚の織物を設計していきます。
今回は、博多織ができるまでの最初の工程である「意匠」について紹介します。

「意匠」は、単なるデザインではない
意匠という言葉を聞くと、「帯の柄をデザインすること」と思うかもしれません。
もちろんデザインは重要です。
しかし、博多織における意匠は、それだけではありません。
意匠とは、デザインを実際の織物として成立させるための設計です。
柄を描き、その柄を経糸と緯糸の交わりに置き換え、さらに組織や色を決めていく。
つまり、
デザインと製織をつなぐ設計図
ともいえます。
完成した帯からは見えない部分にこそ、意匠の仕事があります。

ラフデザイン

はつり

サンプル織り出し
すべては一枚のラフから始まる
意匠の最初は、デザイナーが描くラフ案です。
自然の風景。
さまざまな資料。
日常の中で目にしたもの。
ふとした閃き。
そして、呉服業界で多くのお客様と接する営業から寄せられる声。

こうしたさまざまな情報をもとに、デザインを組み立てていきます。
デザイナーの頭の中には、最初からある程度の色や構成、完成したときのイメージがあります。
まずは手描きでラフを作り、形が固まってくると清書へ。

昔は方眼紙に絵の具などを使って描いていたといいます。
現在ではパソコンを使う工程も増えていますが、最初に生まれるのは「こんな織物をつくりたい」という人の発想です。
なぜ、普通の絵をそのまま織れないのか?
ここからが、意匠の面白いところです。
完成した帯の柄を見て、「この絵をそのまま織ればいいのでは?」と思うかもしれません。
しかし、織物は絵画とは違います。
織物は、経糸と緯糸が交わることで柄をつくります。
そのため、デザインをそのまま画像として織機に渡すことはできません。
デザインを、織物の仕組みに合わせた「方眼」に置き換えていく必要があります。
ここで関係してくるのが、機仕掛けです。

織機の仕組みや使用する経糸の本数、針に入る経糸の本数などによって、方眼の比率も変わります。
つまり、同じ柄でも、どの機仕掛けで織るかによって、意匠の設計そのものが変わることがあります。


「円」を描くことから始まる「はつり」
意匠を学ぶ際、まず練習するものの一つが「円」だといいます。
なぜ円なのでしょうか。
正方形の方眼であれば、円は比較的描きやすい。
ところが、経糸と緯糸の関係によって方眼が縦長や横長になると、そのまま円を描いてしまえば、織り上がったときに円には見えません。
そのため、方眼の一つひとつを数えながら、織り上がったときに正しい形になるように、あらかじめ形を変えて描いていきます。
この作業を、現場では「はつり」「はつる」と呼びます。
紙の上では少し歪んで見える形が、実際に織り上がると美しい円になる。
ここには、織物ならではの考え方があります。
描いた形と、織り上がった形は同じではない。
だからこそ、意匠には経験が必要になります。
そしてデザインによっては、100万マス単位の方眼を一つひとつ扱うこともあります。
完成した帯からは想像しにくい、膨大な作業です。

方眼から「組織分解図」へ
はつりが終わると、次は組織分解図をつくります。
ここから、デザインはさらに「織物の設計」へと変わっていきます。
織物には基本となる三つの組織があります。
平織・綾織・繻子織。
実際の博多織では、こうした基本組織を応用し、それぞれのメーカーが持つ組織表などをもとに、さまざまな表現をつくっていきます。
組織分解図では、柄のどの部分をどの組織で織るのかを、一つひとつ設計します。
ここで重要なのは、組織が単に「織れる・織れない」を決めるだけではないということです。
組織を変えることで、
- 光沢感
- 奥行き
- 凹凸
- 表面の変化
- 光の反射
など、織物の表情そのものを変えることができます。
つまり博多織では、
「何を描くか」だけでなく、「どう織って見せるか」もデザインの一部
なのです。

色見本の色が、そのまま織り上がるわけではない
意匠では、もちろん色も設計します。
各メーカーが持つ色見本などから色を選び、全体の配色を組み立てていきます。
ところが、ここにも織物ならではの難しさがあります。

色見本で見た色が、そのまま織り上がるわけではありません。
なぜなら、織物は経糸と緯糸が交わってできるからです。
例えば、黒い経糸と白い緯糸を組み合わせれば、黒と白がそのまま見えるのではなく、見る人にはグレーに近い色として感じられることがあります。
さらに、組織が変われば光の反射も変わります。
同じ糸色を使っていても、組織の違いによって見え方が変わる。
そのため意匠では、
「この色を使う」だけではなく、「この糸とこの糸を、この組織で組み合わせたら、最終的にどんな色に見えるか」
まで考えて色を選びます。
ここは、実際の製織経験や過去の制作経験がものをいう部分です。
意匠は「織れるかどうか」まで考える
デザインが美しくても、それだけでは博多織にはなりません。
実際に織機で織ることができるのか。
経糸と緯糸の関係は成立しているのか。
組織に無理はないか。
色の組み合わせは、狙った表情になるのか。
意匠では、こうしたことを一つずつ確認しながら設計を進めます。
だから意匠担当者には、デザインを見る力だけでなく、織物そのものを理解する知識と経験が求められます。

昔の「紋紙」から、現在のデータへ
意匠が完成すると、次は織機で使うためのデータへと変換していきます。
現在はパソコンを使ってデータを作成することが一般的ですが、昔は**紋紙(もんがみ)**という紙を使っていました。
紋紙には、織機を動かすための情報が穴として記録されています。
専属の職人が一枚一枚穴を開けて紋紙を作っていた時代には、柄の長さや複雑さにも物理的な制約がありました。
現在はデータ化が進み、より複雑な柄や長い柄にも対応できるようになっています。
技術が変わっても、
意匠を織機が理解できる情報へ変換する
という役割は変わりません。

最後に「指図書」をつくる
そして、意匠の工程の最後に作成されるのが指図書です。
そこには、意匠データや色番など、実際の製織に必要となる情報がまとめられます。
デザインだけでは、帯は織れません。
組織だけでも、帯は織れません。
色だけでも、帯にはなりません。
それぞれの情報を一つにまとめ、織り手が製織できる状態にする。
そこまで設計されて、ようやく意匠は次の工程へ引き渡されます。
そして、ここから実際に経糸と緯糸を組み合わせる「製織」へと進んでいきます。

一枚の帯には「見えない設計」がある
完成した博多織を見ると、私たちは柄や色、光沢、手触りを楽しみます。
しかし、その一枚が生まれるまでには、
デザインを考える。 ラフを描く。 機仕掛けに合わせて方眼へ落とし込む。 はつる。 組織を設計する。 色を組み合わせる。 織機で成立するデータへ変換する。 指図書にまとめる。
という工程があります。
そして、そのすべてのスタート地点にあるのが「意匠」です。
博多織は、織機に糸をかけて初めて始まるわけではありません。
その前に、すでに一枚の帯をつくるための設計が始まっています。
一枚の博多織の中に見えているのは、完成した柄だけ。 その裏側には、方眼、組織、色、糸、そしてつくり手の経験が積み重なっています。
博多織ができるまで。
その最初の一歩は、一本の糸ではなく、一枚の意匠から始まります。
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