博多織

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博多券盤「献上柄で内装デザイン」

博多券盤「博多織の献上柄で内装デザイン」

博多の美しき伝統芸能博多の芸妓 博多券番(はかたけんばん)。
芸妓による唄と踊りで宴席・お座敷を華やかに彩る博多券番の事務所が、櫛田神社正面に移転しました。
博多鍵盤博多織
2017年10月に福岡市博多区冷泉町に移転し、小さな舞台と客席を備え、券番の練習だけでなく、
博多にわかや博多独楽(こま)など多彩な伝統芸能を見学できる体験型文化施設に生まれ変わり、
博多祇園山笠で知られる櫛田神社の正面という絶好の立地に位置し福博の新たな観光拠点となりました。
櫛田神社
博多券番
その新しい事務所の改装に伴い、博多らしいおもてなしが何かできないかと相談を受け、
筑前織物グループとして事務所内の壁紙や、インテリアの一部を博多織の帯や献上柄のデザインで
ご提案させていただきました。
博多の芸妓
博多織の象徴的な柄「献上柄」をデザインし、さらに博多織の帯を結んだ形にすることによって、
海外のインバウンドのお客様にも、着物姿をイメージしやすく楽しんでいただけるように
させていただきました。
博多織の帯

博多織
筑前織物がご提案する博多織が、少しでも地域活性化に繋がればと思っております。
ぜひ、新しい観光名所「博多伝統芸能館」にお越しくださいませ。
筑前織物
博多織筑前織物
博多の芸妓『博多券番』
〒812-0039
福岡市博多区冷泉町2-20博多伝統芸能館
TEL 092-263-1187
営業時間 平日10時〜20時
土曜日12時〜17時
定休日  日曜日 祭日 年末年始など
HP http://hakatakenban.com
営業時間 平日10時〜20時
土曜日12時〜17時
定休日  日曜日 祭日 年末年始など

博多の芸妓『博多券番』について(HPより引用)

その歴史は、券番とは芸妓の取り次ぎや花代と呼ばれる芸妓の出演料の清算などを行う事務所のこと。
博多に初めて券番が出来たのは、1889(明治22)年、現在の博多区旧奈良屋小学校付近の相生町に相生(あいおい)券番が設けられた。八年後には中洲券番も誕生した。
1901(明治34)年には、当時大料亭がありかねてから券番の設立が望まれていた水茶屋(現在の博多区千代二丁目)に水茶屋券番が設立された。
空前の好景気に沸く大正時代には、新券番、南券番を加えた五つの券番が存在したものの、その後戦時体制で券番は完全に消滅した。
大戦後、中洲券番と水茶屋券番が復活し新たに旧券番が派生した。
1985(昭和60)年には、全ての券番が一つにまとまり、博多券番となり現在に至っている。
(平成12年9月27日の西日本新聞朝刊より引用)

また博多芸妓の歴史は、そもそも博多に芸妓が登場したのは江戸時代の中頃以降といわれている。
大阪の芸妓が長崎の茶屋などに招かれて客を楽しませたが、長崎での滞在は百日以下と定められていたので、一時博多などで稼ぎ、再び長崎へ戻った。その中から博多に定住する者が出て、それが博多芸妓のルーツになったといわれている。
明治、大正時代には、博多の芸妓はおおらかできっぷがいいとの評判で世に知られ、2,000名を超える芸妓を抱え、料亭も東京の築地や日本橋と並び称された。
昭和初期には、金融恐慌のあおりを受けたが、1937(昭和12)年には884名と昭和期のピークを記録した。
戦後、時代の移り変わりとともに芸妓の数も数十名に減少し、現在、博多券番の芸妓数は22名。
東京から花柳芳次郎師匠、花柳瀧藏師匠、杵屋五三郎師匠、常磐津英寿師匠、藤舎名生師匠、中村寿鶴師匠らを招き、稽古をつけてもらうなど、少数精鋭で芸の精進を深めている。
また、平成12年7月から博多伝統芸能振興会が育成中の半玉(見習)芸妓も、平成14年12月に一名が一本立ち(独立開業)するなど日夜稽古に励んでいる。
(平成12年9月27日の西日本新聞朝刊より引用)

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